労働保険(労災・雇用)の加入と年度更新の基礎
加入手続き
- 労災保険: 適用事業所の成立(雇い入れから一定期間内)を届出る
- 雇用保険: 適用事業所設置届・雇用保険被保険者資格取得届を提出する
- 労働保険の年度更新: 年1回(6〜7月)、前年度の保険料を確定し、当年度の保険料を概算申告する
加入手続きの対象になるかどうかは、従業員の雇い方で判断が分かれるのが実務の難しいところです。労災保険は原則として労働者を1人でも雇用した時点で適用事業所となりますが、雇用保険は勤務時間・勤務日数などの要件を満たす労働者が対象です。契約社員・パートタイムの従業員でも要件を満たせば被保険者になるため、「パートだから保険は不要」という理解は誤りです。フリーランスと称して業務委託契約を結んでいる場合も、実態が雇用に近いと判断されることがあり、加入要件の検討が必要です。判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署・ハローワークに実態を伝えて相談するのが確実です。
年度更新(6〜7月)
労働保険の年度更新は、毎年6月1日〜7月10日(原則)に、次の2つの申告を同時に行います。
- 概算保険料: 当年度(6月1日〜翌年5月31日)の予想賃金額に保険料率をかけて申告
- 確定保険料: 前年度の実際の賃金額に保険料率をかけて申告・精算
保険料の計算
- 労災保険: 賃金総額 × 労災保険料率(業種ごとに異なる)
- 雇用保険: 賃金総額 × 雇用保険料率(一般事業・農林水産等で異なる)
保険料率は、年度ごとに改定されるため、年度更新の際には最新の料率で計算します。
料率の水準は業種によって大きく異なります。労災保険は事故リスクが高い建設業や運送業で高く、事務所系の業種では低く設定される傾向にあり、同じ賃金総額でも業種で負担額が大きく違います。また、雇用保険の料率は雇用情勢に応じて見直されるため、前年度と同じ料率を使い続けないよう注意が必要です。料率は厚生労働省や労働基準監督署・ハローワークの案内で毎年度確認できるため、年度更新の準備段階で最新値を取得してから計算を始めてください。概算申告の段階で古い料率を使うと、翌年度の確定で差額が生じ、精算の手間が増えます。
年度更新を怠った場合
- 追徴・督促: 期限内に申告しないと、督促・延滞金の対象になる
- 一括徴収: 申告しない場合は、行政が概算額を一括徴収することがある
- 給付への影響: 未加入・未納があると、従業員の失業給付等に影響する場合がある
未申告・未納の影響は事業主側だけでなく従業員側にも及びます。雇用保険の加入履歴が整っていないと、従業員が失業した際の給付手続きで確認が遅れ、受け取りまでの期間が延びる可能性があります。事業主としては、期限内申告を徹底すること自体が従業員への対応でもあると意識しておくとよいでしょう。また、未加入のまま労災事故が発生した場合、保険給付の関係で事業主が負担を求められるケースもあり得ます。保険料は決して大きな負担ではないため、加入と申告を先送りする理由は基本的にありません。
年度更新の準備
年度更新には、前年度の賃金総額の計算資料(給与支払台帳等)が必要です。6月前に給与データを整理しておくと、申告がスムーズになります。
制度の詳細は、厚生労働省の労働保険に関する案内または労働基準監督署・ハローワークでご確認ください。
年度更新の実務手順と準備書類
年度更新は概算と確定の2つの申告を同時に済ませるのが原則ですが、実務では手順を分けて準備すると計算ミスを減らせます。
- 前年度の賃金データを確定させる: 前年度(前年6月〜当年5月)に支払った賃金総額を給与支払台帳から集計します。賞与・手当の有無で扱いが分かれるため、賃金台帳の締めを5月末までに完了させておくことが理想です
- 確定保険料を計算する: 前年度の賃金総額に保険料率をかけて計算します。前年度に概算で納付済みの額があれば、差額を精算します
- 当年度の概算保険料を計算する: 当年度の予想賃金総額(雇用予定・賃上げ・残業見込みを反映)に保険料率をかけて申告額を決めます。中途採用の予定がある場合は、採用月から起算した見込み賃金で積み上げます
- 申告書の作成と提出: 労働保険の年度更新用の申告書(概算保険料申告書・確定保険料申告書)を所轄の労働基準監督署・ハローワークへ提出します。電子申告の利用もできます
- 保険料の納付: 期限までに金融機関等で納付します。事業所によっては猶予や分割納付の制度を利用できる場合があるため、資金に余裕がない場合は窓口へ相談します
従業員が少ない小規模事業では、社会保険労務士へ委託している場合も多いですが、委託していても賃金台帳の整備は事業主側の仕事です。台帳の残高が実際の支払いと合っていなければ、確定申告の数字自体がずれてしまいます。年度更新の前準備として、賃金台帳の月次点検を6月前までに済ませておくのが定石です。
年度更新と社会保険の算定基礎届は別の手続き
労働保険(労災・雇用)の年度更新と、社会保険(健康保険・厚生年金)の算定基礎届は、どちらも夏の事務手続きですが提出先も様式も別物です。それぞれの期限を別々に管理してください。
よくある質問
Q. 年度の途中で従業員を雇い入れた場合、加入手続きはいつまでですか
雇用保険の被保険者資格取得届は、雇い入れの日から一定期間内(原則10日程度)に提出するのが基本です。労災保険は事業所単位の適用の手続きになります。期限の詳細は雇用の形態(試用期間・短時間勤務かどうか)で変わるため、ハローワークの案内で確認してください。取得届が遅れると、従業員が失業した際の給付に影響し得るため、採用後すぐに手続きを済ませる運用が安全です。
Q. 概算保険料は実際の賃金と必ず一致していなくてもいいのですか
概算保険料は「予想」を申告するものなので、年度途中に状況が変わっても手続きの義務にはなるものの、小さい差額で即時の追徴に至ることは原則として想定されていません。ただし、あてにならない金額を大幅に少なく申告した場合は、一括徴収や指導の対象になり得ます。当年度の採用計画・賃上げの見込みを反映した現実的な見込み額で申告してください。
Q. 前年度に雇用保険の対象外の従業員がいました。賃金総額にはどう数えますか
雇用保険の被保険者に該当しない人の賃金は、雇用保険の算定からは外れます。一方、労災保険の保険料は事業所の労働者全般に課されるため、算定の範囲が雇用保険と一致しない点に注意が必要です。どの従業員をどちらの計算に含めるかは、雇用形態と勤務状況で判断が分かれるため、迷う場合は窓口または社会保険労務士に確認してください。
Q. 年度更新を社会保険労務士に任せています。事業主側でやることはありますか
大きく3つあります。1つ目は、賃金台帳と給与データを正しく整備して引き渡すこと。2つ目は、年度中の人員計画(採用予定・退職予定)を共有すること(概算額の精度に直結します)。3つ目は、納付期限と支払金額を把握して資金を確保することです。依頼先任せにせず、申告・納付の年次スケジュールを社内カレンダーに入れておくことをおすすめします。
労働保険の手続きは一度仕組みを押さえれば年次作業として定型化できます。6月の申告、7月の納付、随時の資格取得・喪失届、翌年度の精算というサイクルを、開業直後に社内手順書として書き残しておくと、担当者の交代や事務の委託先変更があっても引き継ぎがスムーズです。小規模事業ほど人員が限られるため、手続きの年間スケジュール表を1枚作っておくことが事故防止になります。
実務の落とし穴 ― 年度更新でつまずきやすいポイント
年度更新は6〜7月の定型作業ですが、賃金集計と申告のタイミングをめぐって誤りが生まれやすい手続きでもあります。実務でのつまずきと対処を整理します。
- 申告書が届かないまま忘れる: 継続して事業を行っている事業所には、年度更新の時期に労働局から申告書が送付されるのが通例です。届いていないことを理由に先延ばしにしても申告・納付の義務はなくなりません。6月になっても手元に届かない場合は、労働基準監督署・ハローワークへ連絡して申告書を入手しましょう。
- 賃金総額の範囲を取り違える: 賃金総額には、基本給だけでなく各種手当や賞与も含めるのが基本で、退職手当や慶弔見舞金のような一時金は含めない扱いです。給与台帳からの拾い漏れも、含めすぎも計算誤りにつながるため、判断が分かれる項目は委託先・窓口で確認してから集計します。
- 5月分の賃金確定前に集計を始める: 確定の対象は前年度(前年6月〜当年5月)に支払った賃金です。残業代や賞与の確定が遅れたまま計算すると、台帳とのずれが生まれます。賃金台帳の月次点検は5月末までに締め、確定後の修正が最小になるようにしておきましょう。
- 納付の資金繰りを後回しにする: 申告期限と納付期限はセットですが、まとまった額になるため資金繰りの目処が立たないことがあります。納付が遅れると督促・延滞金の対象になるため、年度当初から必要額を見積もり、口座振替や分割納付(延納)の利用可否を早めに窓口へ確認しておくのが安全です。
年度更新の誤りの多くは「前年度の賃金を正確に締められなかった」ことに由来します。月次で給与データを点検する習慣が、そのまま年度更新の精度を左右すると考えておきましょう。
労働保険の仕組み
労働保険は、労災保険(業務中の事故に対する補償)と雇用保険(失業時の給付)の総称です。従業員を雇用する事業主は、原則として両方に加入する義務があります。
両方の保険料を、労働保険の年度更新(年1回)でまとめて申告・納付するのが一般的です。